おいキヅキ、と僕は思った。お前と違って俺は生きると決めたし、それも俺なりにきちんと生きると決めたんだ。お前だってきっと辛かっただろうけど、俺だって辛いんだ。大人になるんだよ。そうしなくてはならないからだ。俺はこれまでできることなら十七や十八のままでいたいと思っていた。でも今はそうは思わない。俺はもう十代の少年じゃないんだよ。俺は責任というものを感じるんだ。俺はもう二十歳になったんだよ。そして俺は生き続けるための代償をきちっと払わなきゃならないんだよ。 | 村上春樹 ノルウェーの森
二度目の邂逅 - 世界の終わりとハードボイルドワンダーランド
「五手稼げるよ」と大佐は言った。「やってみる価値はあるんじゃないかね。五手あれば相手のミスを期待できる。勝負というのはけりがついてみるまではわからんものだよ」 村上春樹 世界の終わりとハードボイルドワンダーランド
12 月。 世間では師も走る月と言うらしいが、俺は炬燵でモンスターを飲んでいた。
刹那、感じる殺気。
見ずともわかる。 遂に奴が現れたのだ。
換気扇の下へ行く。 確かにそこにいる。 あらゆる波長の電磁波を吸収し。 空間に漆黒なる無を生成する悪魔。
俺はなぜ忘れていたんだ。
人類は再び思い出した。 奴らに支配されているという恐怖を。
湧き上がる怒り
諸君は知っておるのだよ。ただ自分がそれを知っておるということを知らないだけだ。 | 村上春樹 騎士団長殺し 遷ろうメタファー編
先の闘いで手持ちの装備は枯渇している。 使えるのはゴキブリがうごかなくなるスプレー(300mL)2 本だけ。
どうしてなんだ。 G 避けのハッカも 25 個配置してあるし、 G 用の毒薬も 7 箇所に配置してある。 ゴキブリ避けのスプレーも 3 ヶ月に一度噴霧しているというのに。
だが躊躇している暇はない。 やつは今でもわずかな足場の上を陽気に蠢いている。 まるで無力な俺を侮辱するかのように。
何故だか俺は無性に腹が立ってきた。 全てを許せないような、目の前の奴が諸悪の根源であるかのような。 今すぐに、他の誰でもなく、この俺がここで仕留めなければならないような気がしてきたのだ。
そうか、お前がその気なら。 俺だっていつまでも黙っていてやると思うなよ。
黒色のフーディを脱ぎ戦闘に備える。 地肌に飛んできたら一溜まりもないから思い返してやっぱり着る。
もう躊躇なんかしてはやらない。 経験から学んだ、 仕留めるならば一発でだ。
諸々の情念の衝動に対抗するには、繊細さではなく激烈さで、微傷を与えるのではなく突撃による正面突破で戦わねばならない。なぜなら、罵っているだけでは済まされず、根絶しなければならないからである。 | セネカ 生の短さについて
こんな時に俺の頭にいつも浮かんでくるのはこの言葉だ。
丁寧に、慎重に。 そんなもんは本当の戦場では糞の役にも立たない。 勝負は一瞬で決するんだ。 繊細さではなく激烈さで以って臨まねばならない。
三重のイデアの混乱
なにゆえに、自分の力の衰えを感じている老いぼれた人にとって、緩慢な枯渇と解体を待ちうけるほうが、完全な意識をもってそれらを打ち切りにするよりもほめられるべきだというのであるか? | ニーチェ 人間的、あまりに人間的
やってやるさ。
覚悟を決め、奴と対峙する。
考えてはいけない。 やつが G であることを知覚してはならない。 ショーペンハウアーのこの言葉を思い出す。
一般に眼前にある直観的なものから受ける印象を抑制するがよいという原則である。強烈なのは印象の素材・内容によるのではない。素材・内容はきわめて貧弱なことが多い。それよりは印象のあり方すなわち直観性・直接性によるのである。 | ショーペンハウアー 幸福について
奴は依然として高みから俺を見下している。 ナメるなよ、 人間の力をみせてやるよ。
簡単な話だった。 上腕筋を弛緩させ腕を標的に向けた後、 人差し指に力を入れればあとは勝手に引鉄が引かれるだけだ。
小石を弾くような軽い音と共に、 白い煙霧が空間を満たす。
その間僅か 2.41 秒。
不敵な笑みを浮かべる。 笑いが込み上げてくる。 こいつは"2 秒でうごかなくなる"スプレーだぜ。 勝負ありだ。
だが刹那。 俺の目はどうかしてしまったんだろうか。 それとも脳が正常にこの世の仕組みを上手いこと理解というシステムに当てはめることができなくなってしまったんだろうか。 何が起こったのか全く理解できず、ただ呆然とその場に立ち尽くす。
床に落ちた奴は、 暫し蠢いたあと再び動き出し、 覚束ない足取りでトイレへと入っていったのだ。
“2 秒でうごかなくなる"んじゃなかったのか。 最高裁まで持って行ってやるからな。
予期しない終幕
人間の不幸は、ただ一つのこと、一つの部屋に落ち着いてじっとしていられないことからやってくる。 | パスカル パンセ
最早此処に留まっているわけにはいかない。 既に賽は投げられてしまったのだ。 こうなっては俺にできるのは唯運命に身を任せることだけ。
あぁそうか、 ここで終わらせてはくれないんだな。 お前が望むなら、俺は思うがままに進んでやろう。
トイレのドアを開ける。 奴が飛びかかってきても、思わぬ場所にいたとしても、 もうどうだっていいさ。 そんなことは俺が決めたことでも何でもない。 イかれたこの世がそうあることを望むなら、 もうどうにだってなればいいじゃないか。
だが全ての予想は一瞬で無に帰す。
奴は力尽きていた。 全ての悲しみと人類のエゴをその双肩に背負うように。 トイレマットの上で天を仰いでいた。
現実の物語は、 エピローグも何も無く、 春の日のスコールのように忽然と終わってしまうのだ。
TSG: Torturer’s Six-shooter for Gokiburi
だけどね、人並み外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついているし、何も持っていないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでもいい。そうだろ?強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。 | 村上春樹 風の歌を聴け
まだ仕事は残っている。 奴の亡骸を葬らねばならない。
だが奴を触ることなんてできやしない。 見ることさえも厭われる。
俺は驚愕する。 今日この日のために勉強してきたことの全てが。 非斉次常微分方程式の解き方も、逆フーリエ変換も量子力学も。 LKM の作り方や LinuxKernel の読み方も Ghidra の使い方も。 free_hook overwrite も commit_creds()による権限昇格も root シェルの取り方も。 ゴキブリの亡骸をゴミ袋に入れることには、 なんの役にもたちやしないじゃねぇか。
何のために pwn をやってきたのか。 途方も無い無力感に四肢を絡みとられる。
刹那ふと思い出す。 そうだ、あの団体に聞けばいいのだ。
俺は TSG: Torturer’s Six-shooter for Gokiburi (和名: ゴキブリに向けた拷問官の六連装填銃) に入っていたんだ。 急いで本部に連絡を取る。
そこにはゴキブリ始末の専門家が常駐している。 得られた成果は俺の足りない頭では想像も出来ない程のものであった。
この問題の解法はこうだ:
nanikore.txt11: 亡骸に紙コップを被せる
22: 紙を下から滑り込ませて蓋を作る
33: 紙ごとコップを浮かせてゴミ箱に入れる
美しいほどに完璧な答えである。 すっかり安心しきった俺の口角は陽気に 3 時の方向を向いていた。
だが次の瞬間、専門家の口から信じられない言葉が飛び出してくる:
nanikore.c1printf("あいつ、死んだ振りするから\n");
2exit(EXIT_FAILURE);
奴の知性は既に俺の理解の範疇を超えたところにあるのだ。 猶予はない。 早々にけりをつけなければならない。
背に腹は変えられぬ
『そうあった』は、すべて断片であり、謎であり、残酷な偶然である、 創造する意思がそれに向かって、『しかし、わたしが、そうあることを意思した!』と、言うまでは。 | ニーチェ ツァラトゥストラはこう言った
必要なものはコップと紙。 時間はない。
早急に兵站所へ行き紙コップを買ってくる。
だが問題は紙だ。 それなりの強度を持った紙でないと奴の下に潜り込ませることはできない。
だが十分な時間がない。 適切な紙を見つけるために残されている時間はないのだ。
周りを見渡す。 頼む、何かいい感じの硬さの紙はないのか!!
運命とは不思議なものである。 この時を待ち構えていたかのように、 「それ」は、 確かにそこにあった。
flag
斯くして事態は収束した。
得られた flag は以下の通り:
nanikore.txt1flag{If the world accepts you, I never THROUGH ALL ETERNITY!!}
Special Thanks
- TSG
- SecurityCamp